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東京地方裁判所 平成元年(ワ)15616号 判決

原告

甲野一郎

右法定代理人親権者父・原告

甲野二郎

同母・原告

甲野春子

右三名訴訟代理人弁護士

佐々木務

森谷和馬

被告

乙川三夫

被告

丙沢四夫

右両名訴訟代理人弁護士

阿部正幸

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告甲野一郎に対し金一億三〇七〇万五〇〇〇円、同甲野二郎及び同甲野春子に対し各金五七五万円並びにそれぞれに対する昭和六三年五月一一日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1(当事者)

①  原告甲野一郎は、同甲野二郎と同甲野春子との長男として昭和六三年五月一〇日出生した。

②  被告乙川三夫は、右当時、東京都練馬区<番地略>において○○産婦人科(被告医院)を開設・経営していた産婦人科医師であり、被告丙沢四夫は、被告乙川の被用者として被告医院に勤務していた産婦人科医師である。

2(本件分娩)

原告春子は、昭和六三年五月九日午後〇時二〇分ころ、被告乙川の指示により被告医院に入院し、午後五時過ぎころから陣痛が始まり、午後七時三〇分には自然破水があり、午後七時五〇分ころ、分娩室に入り、分娩監視装置を装着され、午後九時三六分、子宮口全開大となった。

同日午後一一時前後から、被告丙沢が吸引分娩を試みたが、分娩させるに至らなかった。このころには陣痛が微弱となったので、被告丙沢は、陣痛促進剤であるアトニンを投与した。午後一一時三〇分過ぎころ、自宅にいた被告乙川が被告医院に到着し、同被告の指示により、看護婦二人が一本のタオルの両端を持ち、そのタオルで原告春子の腹をしごくようにして胎児を押し出そうとしたが、成功しなかった。また、被告乙川や看護婦が原告春子の腹の上に乗って胎児を押し出そうとしたが、これも失敗に終わった。この間、吸引も並行して続けられた。

その後、被告医院からの要請で、佐々木茂医師が到着し、鉗子分娩を試みたところ、翌一〇日午前〇時二三分、原告春子は原告一郎を分娩するに至った。

3(原告一郎の出生後の状態)

原告一郎の分娩時の胎勢は、頭頂位であり、分娩直後の自発呼吸及び反射がなく、新生児アプガースコア(新生児の一般状態を、呼吸、心拍数、筋緊張、反射及び体色の五項目につき〇、一、二の三段階で採点した合計点数で評価するもの)合計三点の新生児仮死(本件新生児仮死)であった。

そこで、原告一郎に対し、被告医院医師らによって蘇生作業が行われ、右同日午前一時五〇分、東京医科大学病院に搬送され、後日、同病院で、①低酸素性虚血性脳症、②新生児くも膜下出血、③副腎出血、と診断された。

二争点(原告らの主張)

1(原告一郎の障害及びその原因)

原告一郎は、重度の脳性麻痺及びてんかんであり、今後これが改善される見込みはない。

原告一郎の右障害の原因は、原告一郎が、母体内で低酸素状態に陥り、脳細胞が不可逆的な壊死を起こして胎児仮死状態(本件胎児仮死)となったことにあり、このことは、原告一郎が重度の新生児仮死であったことからも推認できる。

2(本件胎児仮死の原因)

(胎勢異常及び回旋異常の存在・分娩の遷延)

原告一郎には、胎勢異常(頭頂位)及び回旋異常(第二回旋異常、後方後頭位)があった。そのため、本件分娩は遷延し、子宮口全開から娩出までに約三時間を要した。

(被告ら実施の手法の悪影響)

クリステレル圧出法(前記一の2の押し出し)は、物理的な圧力によって胎児を押し出そうとするものであり、胎児に対し大きな圧力をかけて胎児の状態を悪化させる可能性がある。また、吸引分娩による吸引操作を繰り返すことによって胎児の状態を悪化させることがある。さらに、被告丙沢は、原告春子に対し、五月九日午後一一時三〇分ころ、陣痛促進剤であるアトニンを投与しているが、陣痛促進剤は子宮の収縮を人為的に強めることによって娩出を促すものであり、子宮内の胎児に対する圧力を高めるため、その投与自体が胎児仮死の原因となったり、既に生じている胎児仮死の傾向を助長する可能性がある。

3(被告らの責任)

①(帝王切開準備を怠った過失)

被告らは、胎勢異常があれば、分娩が遷延し、微弱陣痛や胎児仮死を招来する虞れのあることは容易に予想できたのであるから、胎児仮死に備えて緊急帝王切開手術の準備をすべきであったのにもかかわらず、これをしなかった。

②(胎児心音監視を怠った過失)

胎児仮死は、胎児心音の低下となって現れるから、その発見には胎児心音の連続的な監視が必須とされているにもかかわらず、被告乙川は、午後一一時三〇分過ぎ、胎児心音測定装置を外した。そのため、被告らは、胎児の心音低下に気付かず、本件胎児仮死を見落とした。もし被告らが胎児心音の監視をしていれば、本件胎児仮死に気付き、直ちに緊急の帝王切開による速やかな娩出がされ、原告一郎は胎児仮死による脳障害を免れることができた。

そして、被告らは、胎児に悪影響を与える吸引及び押し出しの手法にこだわり、本件胎児仮死を発生させたか、あるいは既に発生していた胎児仮死を悪化させた。

なお、被告らは、陣痛促進剤を投与した後の分娩監視装置の必要性が一層高いものとされているときに胎児心音測定装置を外したものであり、被告らの責任は大きい。

③(まとめ)

被告らは、本件分娩に当たり、右のとおり、十分な事前準備と監視をすべきであったのにこれを怠り、原告一郎に前記の障害を負わせたものであり、共同不法行為責任がある。

4(損害)

(原告一郎につき) 合計一億三〇七〇万五〇〇〇円

①逸失利益 三六八三万七〇〇〇円

②付添い看護費 五六八二万円

③慰謝料 二〇〇〇万円

④弁護士費用 一七〇四万八〇〇〇円

(原告二郎及び同春子につき) 各五七五万円

① 慰謝料 各五〇〇万円

② 弁護士費用 各七五万円

三争点に対する被告らの主張

1(本件障害の原因について)

本件分娩において、胎児仮死は発生していない。被告らは、胎児心音測定装置に加え、携帯用ドップラー式集音マイク(ドップラー)を使用して胎児心音を聴取し、胎児仮死のないことを確認している。

2(胎勢異常の不存在及び被告らの実施した手法について)

本件において、胎勢異常は存在していない。また、本件では、被告丙沢が回旋異常を疑って吸引分娩を試み、さらに、被告乙川が圧出法を併用したものであるが、これらは急速遂娩の通常の手法であり、問題はない。

3(被告らの無過失)

分娩第二期(子宮口全開後分娩までの期間)においては、一般的には帝王切開の適応はない。また、本件では、胎児心音からも異常は認められなかったから、本件は帝王切開の適応例ではない。

また、被告丙沢は、クリステレル圧出法実施のために分娩監視装置のうち外側陣痛計を外したが、胎児心音測定装置は外しておらず、その上、被告らは、ドップラーによっても胎児心音を監視していたから、被告らに胎児心音監視の懈怠はない。

第三争点に対する判断

一前記争いのない事実及び証拠(<書証番号略>、原告甲野春子、被告乙川三夫(第一、二回)及び同丙沢四夫の各本人尋問の結果)によれば、以下の事実が認められる。

1(本件分娩の経過)

①  原告春子は、昭和六二年一一月二四日、被告医院において被告乙川の診断(初診)を受け、分娩予定日を昭和六三年五月一日と診断された。

原告春子は、翌昭和六三年三月二二日、被告医院において被告乙川の診断(二回目)をうけた。被告乙川は、その際、超音波によって母体内の胎児の位置等を検査したが、胎勢異常(妊娠末期あるいは分娩開始後児頭が骨盤入口に固定する段階での胎児の姿勢が通常の屈曲姿勢をとらない場合を指す(<書証番号略>)。)はなく、胎児は第一頭位で正常な状態であった。原告春子は、その後も被告医院へ外来通院したが、胎児は第一頭位のままで変化はなかった。

②  原告春子は、同年五月九日、被告医院に入院し、同日午後五時過ぎころから陣痛が始まり、午後六時二〇分に子宮口は二指開大となったが、被告乙川は、分娩は翌一〇日になるかもしれないと判断し、当直であった被告丙沢にその旨引き継ぎをして午後六時三〇分ころ帰宅した(<書証番号略>、被告乙川第一回七、八頁、被告丙沢平成三年二月一八日六五、六六頁)。原告春子は、午後七時三〇分ころ自然破水し、午後七時五〇分ころ分娩室へ移され、分娩監視装置(胎児の心音及び陣痛を計測し、連続曲線でグラフ用紙の上に記録する装置)を装着された。

原告春子は、午後九時三六分、子宮口全開大となり、このころ分娩監視装置の記録が開始された(原告らは、右記録開始時刻は記録用紙(<書証番号略>)に記載されている午後八時五〇分であると主張するが、右主張が採用できないことは後記認定のとおりである。)。このころ、被告丙沢が胎児の頭頂部を触診したところ、児頭はステーションプラス一(胎児の先進部の位置を示す表現方法)の位置まで降りていた(被告丙沢平成三年二月一八日二七ないし二九頁)。

③  被告丙沢は、午後一〇時三〇分ころ胎児に第二回旋異常(後方後頭位、すなわち、第二回旋において通常とは逆に母体後方の仙骨側へ回旋して下降するもの)があると判断し、急速遂娩に踏み切ることとし、午後一〇時五五分ころ、試験的吸引(第一回吸引)を実施した後、午後一一時一〇分及び同三〇分ころの二回にわたり吸引(第二回及び第三回吸引)を実施したが、児頭はプラス二からやや下降したにとどまった(<書証番号略>、被告丙沢平成三年二月一八日一〇、二九ないし三一、三三、四七ないし四九、五一、七〇、七一、七三、七八、七九頁、被告丙沢平成三年五月一三日三〇、三一、三四頁)。なお、右丙沢による第二、三回吸引実施の際、助産婦が補助的な押し出しを実施した(<書証番号略>、被告丙沢平成三年二月一八日三三、三四頁)。

午後一一時三〇分ころ、原告春子の陣痛が微弱となり、被告丙沢は陣痛促進剤であるアトニンを投与した(被告丙沢平成三年二月一八日一〇ないし一二頁)。

④  被告乙川は、午後一一時三〇分ころ、通常の連絡のため被告医院に電話をした際、看護助手から被告丙沢が原告春子に対し吸引分娩を試みている旨報告されたので、これを手伝うため被告医院へ行くこととした。また、被告乙川は、右電話の後、佐々木医師にも電話をし、右当日に実施した帝王切開の経過等を報告するとともに、右のような理由でこれから被告医院に向かう旨を話した(<書証番号略>、被告乙川第一回九、一〇ないし一二頁)。

⑤  被告乙川は、午後一一時四〇分ころ、被告医院に到着し、被告丙沢から本件分娩の経過等の説明を受けた上、クリステレル圧出法と吸引を併用して試みることとした。クリステレル圧出法とは子宮底を産道方向へ向かって圧をかけて分娩を促す方法で、腹部をタオル等で圧迫するものであるため、被告乙川は、局所的に子宮あるいは胎児に圧がかかる危険を避けるべく、原告春子の腹部に付けてあった分娩監視装置のうち陣痛計を外した。

ところで、分娩監視装置のうち胎児心音測定装置は、分娩が進むにつれて胎児心音を拾える位置に移動させるものであるところ、このころには、原告春子の恥骨のほぼ真上あたりに移動されていた(原告らは、被告乙川は右胎児心音測定装置をも外したと主張するが、右主張が採用できないことは後記認定のとおりである。)。また、被告らは、右分娩監視装置の胎児心音測定装置による胎児心音監視に加えて、ドップラーによっても適宜胎児心音を聴取していた(原告春子一六頁、被告丙沢平成三年五月一三日三七、三八頁、被告乙川第一回二〇、二一、五六頁)。

⑥  午後一一時四〇分過ぎころ、被告丙沢が吸引を実施し、これに合わせて被告乙川が圧出法を実施したが、児頭はプラス三の位置まで下降したに止まった。被告乙川は、胎児の頭部に産瘤(頭皮と頭蓋骨との間に体液及び血液が貯留する状態)ができて有効な吸引をかけることができない状態となっていることや吸引がすでに数回行われていることを考慮し、午後一一時五〇分過ぎころ、いったん処置を中止することを決め、原告春子を安静にして体位を変換させるなどし、その後に良い陣痛が発現しなければ鉗子分娩を行うこととし、その旨を被告丙沢及び原告春子に説明した(被告乙川第一回二一、二二、二四頁、被告丙沢平成三年二月一八日三八ないし四二頁)。

このころ、佐々木医師から、同人が被告医院に来る旨の電話連絡があった。

⑦  佐々木医師は、翌五月一〇日午前〇時ころ、被告医院に到着し、原告春子に鉗子分娩を施行し、午前〇時二三分、原告一郎が分娩された。

2(原告一郎の出生後の状況)

① 佐々木医師は、原告一郎の分娩時の胎勢は上方を向いた頭頂位(胎児の頭頂部が先進する姿勢)であり、分娩直後のアプガースコアは、呼吸及び反射が〇点、筋緊張、心拍数及び体色が一点ずつの合計三点の新生児仮死であると診断した(原告らは、原告一郎が頭頂位で分娩された旨の右診断をもって本件分娩では胎勢異常があったと主張するが、胎勢異常とは、前示一の1の①のとおり、妊娠末期ないし分娩開始後に児頭が母体骨盤入口に固定する段階の胎児の姿勢を指すものであるところ、佐々木医師の右診断は、原告一郎が母体から分娩された時点でされたものであるから、右頭頂位がいつから発生していたものかは不明といわざるを得ず、これのみをもって直ちに本件に胎勢異常があったものと認めることはできない。)。

原告一郎は、直ちに、被告丙沢及び助産婦らにより蘇生術が施され、酸素を補給されて抜管した後、大きな泣き声を上げたり手足を動かしたりするほどに回復し、五分後のアプガースコアは一〇点であった(<書証番号略>、被告乙川第一回三一頁)。

しかし、被告乙川は、原告一郎は急速遂娩を行った新生児なので早めに精査をしておいた方が良いと判断した。被告丙沢及び佐々木医師は、もう少し様子を見てからでも良いのではないかという意見であったが、結局、原告一郎は、東京医科大学病院のNICU(新生児緊急集中治療室)へ送られた。

②  原告一郎は、右同日午前二時二五分ころ、同大学病院の新生児集中治療室へ収容されたが、呼吸障害等もなかったため保育器内で経過観察され、午前一一時ころにはグルコースの経口投与が開始され、哺乳力は良好であり、午後二時ころにはミルクが与えられた。

ところが、原告一郎は、午後三時五五分、突然けいれんを起こすなどしたため、同大学病院医師らが頭部CTスキャンによる検査などを行った結果、新生児仮死に基づく低酸素性虚血性脳症、副腎出血、くも膜下出血等と診断された。同大学病院小児科医師大久保利武は、原告一郎の症状につき、筋緊張が弱く、啼泣時には後弓反張が強い等の所見があるとし、これらは新生児早期の障害の後遺症と思われる旨診断し、原告二郎及び同春子に対し、原告一郎にはかなりの後遺症が残り、早期のリハビリテーションが必要となる旨説明した。

③  原告一郎は、右同年七月七日まで同大学病院において治療を受け、その後、現住所に移り、岡山県倉敷市の水島生活共同組合協同病院において、月一回の通院治療を受けるなどしているが、二歳四か月現在、脳性麻痺及びてんかんと診断され、抗てんかん剤の投与による治療の外、原告二郎及び同春子らの介護によるリハビリテーション訓練を受けており、日常生活においては、泣いたり笑ったりはするが、名前を呼ばれても反応せず、言葉も話さない状態である(<書証番号略>、原告春子)。

二右に認定した事実を総合すると、原告一郎の本件障害は、本件新生児仮死により脳が低酸素状態におかれたために発現したということが推認され、本件新生児仮死に先立って、その原因となるべき本件胎児仮死が発生していたことの可能性を否定することはできない(<書証番号略>)。しかしながら、仮に原告らの主張するように本件分娩において胎児仮死が発生していたとしても、被告らが、原告らの主張する注意義務を十分に果たし、これをもってしても胎児仮死を発見し得ず、原告一郎の本件障害を防止し得なかったものであれば、被告らに不法行為上の過失責任を問うことはできないというべきである。

三そこで検討するに、仮に原告らの主張するように本件胎児仮死が発生していたとしても、次の理由により、被告らには過失は認められない。

1(帝王切開準備を怠った過失について)

一般に、胎勢異常は分娩の経過等に大きな影響を与えるものであるから、産婦人科医は妊娠中期以降の胎勢異常の有無を最も心配するものであることが認められるところ(被告乙川第一回四六、四七頁)、原告春子が二回目の外来受診をした際に超音波検査が行われて以来、入院当日までの七回にわたる外来受診においても、胎位は第一頭位で安定していたこと(乙一頁)、原告春子は、右外来通院の際、胎勢異常又はそのおそれ若しくは帝王切開の可能性があるなどの説明はされておらず、入院の際にも、被告乙川が、「もう一人の先生と相談する。」と述べたにすぎないこと(原告春子三、四、四九頁)、そして、被告らの相談の結果、本件は経膣分娩可能であるとして、被告乙川は帰宅し、被告丙沢が本件分娩に臨んだこと(<書証番号略>、被告乙川第一回七、八頁、被告丙沢平成三年二月一八日六五、六六頁)、胎勢異常の有無を機器によらずに判断するのは、分娩の開始後、胎児の頭を指で内診することが可能になってからであるが(被告乙川第一回七四頁)、被告丙沢は、右のとおり本件分娩当初から一貫してこれに立ち合っていた医師であるところ、前示のとおり、胎児が第二回旋する段階での回旋異常があると判断したが、胎勢異常は認めていないこと(被告丙沢平成三年二月一八日四九ないし五一頁)が認められ、これらの事実の下においては、本件分娩において胎勢異常があったと認めることは困難であり、被告らにおいて事前に胎勢異常を疑うべきであった事情があると認めることもまた困難である。

もっとも、被告乙川は、胎勢異常があったことを認めるかの供述をしているが(被告乙川第一回四八頁)、右は、頭頂位というものが胎勢異常の一種とされるものであること及び分娩時には頭頂位と診断されたものであることを述べたものと理解すべきであり、分娩時より前の段階において胎勢異常があったことを述べたものではないと解するのが相当である(「胎児胎勢異常はないということです。」(被告乙川第一回四八頁)と述べているのはこの趣旨であると解される。)。また、被告丙沢は、午後九時三六分ころ、子宮口が全開大となったのを認めた際、胎児の頭頂部を触診したことが認められ(<書証番号略>、被告丙沢平成三年二月一八日二九頁)、右触診の時点では頭頂部が先進していたことがうかがわれるけれども、被告丙沢の供述によれば、胎勢異常である頭頂位の場合は大泉門と小泉門が並行して下りてくるものであるが、本件分娩においては、第一回旋から第二回旋に移行してくる時には小泉門のほうが先進してきたので胎勢に異常はなく、第二回旋に入ってから回旋異常が生じたというのである(被告丙沢平成三年二月一八日一〇、二九、五〇、五一頁)。そして、分娩時における佐々木医師の診断のみをもって、分娩時より前にも頭頂位その他の胎勢の異常があったと認めることができないことは前示一の2の①のとおりである。

そうすると、原告らの主張するように、被告らに、胎勢異常の存在を前提として帝王切開の準備をすべきであった注意義務を認めることはできないから、原告らの右主張は認められない。

なお、前示のとおり、本件分娩は、子宮口が全開大となった午後九時三六分ころから分娩時である翌午前〇時二三分ころまでの約三時間に及ぶものであったが、本件分娩に要した時間そのものは他の分娩と比較して特に長いものであったとは認められない(被告乙川第二回四頁)。

2(胎児心音監視を怠った過失について)

原告らは、被告乙川は分娩終了前の午後一一時四〇分ころに分娩監視装置の胎児心音測定装置を外したと主張し、その根拠として、分娩監視装置の記録が開始されたのは<書証番号略>に記載のある午後八時五〇分であり、右<書証番号略>の目盛(一目盛一分)に従って時間を計算すると、胎児心音の記録曲線は、午後一一時三〇分ころに途切れていることを挙げる。

しかしながら、右記録については、これを専属に担当していた者がいたわけではなく、看護婦又は助産婦が分娩経過の合間に記載したものであり(被告乙川第一回五七、五八頁)、また、分娩監視装置の記録は子宮口が全開大近くになり分娩が迫ってきてから開始することがルーティンとして行われるものであり(被告丙沢平成三年二月一八日二六頁、同平成三年五月一三日二二頁)、午後八時五〇分ころは、丙沢医師により酸素吸入(妊婦が子宮口全開大になる前に腹圧をかけると胎児に影響が出るため、そのような妊婦に対して、母体を酸素化する必要があるため行われるもの)が行われていた外、分娩の経過に目立った変化はなかったことが認められる(<書証番号略>、被告丙沢平成三年二月一八日六、七頁)。また、原告春子は、「二本のベルトのうち一本は完全に外されたが、もう一本のベルトは位置が下方にずれていたようである。」と供述しており(原告春子四一、四二頁)、これは、胎児心音測定装置が胎児の移動に伴って下方に移動していたのをずれていると感じたものと推認される。さらに、原告春子の供述によれば、右ベルトを外したのは被告乙川の指示によるというのであり(原告春子一三、三八頁)、被告乙川の来院時刻は前示認定の事実によれば午後一一時四〇分ころであると認められるところ、原告らの主張のとおりの時刻に記録が開始されたものとして<書証番号略>の目盛によって記録されている陣痛計曲線が途切れた時点(原告春子の供述によるベルトの一本が完全に外された時点)をみると、午後一〇時五〇分ころということになり、時間的に大きな食い違いが生じることになる。加えて、胎児心音は胎児の状態を外部から確認する重要な手段であって、分娩に当たって胎児心音の確認をしないということは、産婦人科医の常識上、通常は考えられないところである(被告丙沢平成三年五月一三日三八頁、被告乙川第二回一、二頁)。

以上の点を総合すると、胎児心音測定装置は途中で外されることなく、分娩終了時である一〇日午前〇時二三分まで装着されていたものと認定するのが相当であり、したがって、記録開始の時刻は、右終了時から記録用紙(<書証番号略>)の目盛を逆算することによって得られる九日午後九時四〇分ころと推定するのが相当である。そして、右時刻は子宮口全開大となった午後九時三六分とほぼ一致する。

なお、原告らは、看護記録(<書証番号略>)中、午後一一時三〇分の項に、「陣痛微弱となる」との記載があるのに、この変化が陣痛のグラフ曲線(<書証番号略>)に現れていないと主張するが、被告乙川は、右グラフ曲線によれば、同グラフ用紙の七頁(午後一〇時四〇分ころに該当)から微弱陣痛が始まり、同一二頁(午後一一時三〇分ころに該当)まで微弱陣痛であったことが読み取れると供述しており(被告乙川第一回六二、六三頁)、右供述を疑わせる証拠はなく、また、被告丙沢の供述(被告丙沢平成三年二月一八日三五頁)によれば、陣痛が微弱になったかどうかは、分娩監視装置だけではなく、臨床的所見も加味して総合的に判断するものであることが認められるから、原告らの右主張は採用の限りではない。

3(吸引、押し出し等の手法の悪影響について)

被告らが吸引等の手法を選択したのは、看護記録に児頭がなかなか下降しない旨の記載のある午後一〇時五五分ころ(<書証番号略>)、被告丙沢が胎児に回旋異常があると判断し(被告丙沢平成三年二月一八日七一頁、同平成三年五月一三日一五頁)、右回旋異常により分娩の遷延があり得ると判断した上、これを避けるため急速遂娩に踏み切ったことにある(被告丙沢平成三年二月一八日八頁)。そして、被告丙沢は吸引分娩を実施し、被告乙川は被告丙沢の吸引に合わせて押し出しの手法を実施したが、これらはいずれも急速遂娩の一般的な手法であって、胎児が母体内に停まることの方が胎児の健康に害を及ぼすとの判断の下に実施されるものであり(被告乙川第二回三、四頁)、被告らの右手法の選択が、胎児に悪影響を与えるものであって、誤っていたと評価することはできない。また、原告らは、被告丙沢が原告春子に対し陣痛促進剤を投与したことが本件胎児仮死に悪影響を与えた旨も主張するけれども、被告丙沢は、原告春子の陣痛が微弱になったと判断して陣痛促進剤を投与したのであって、陣痛促進剤の投与によって子宮の収縮力が強められるから、その不必要な投与が子宮内の胎児に悪影響を与えることがあることは考えられるけれども(被告丙沢平成三年二月一八日六一頁、被告乙川第二回三四、三五頁)、本件において、そのような不必要な投与がされたと言うことはできない。

そうであれば、被告らの選択した手法が誤っていたとする原告らの右主張を肯定することもできない。

四以上の次第であるから、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官宮﨑公男 裁判官井上哲男 裁判官河合覚子)

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